兵庫県姫路市の店舗・看板プロデュースとフランチャイズ本部構築の株式会社デジテック(Win-win or No Deal)

デジテックの想い

代表者のご挨拶

弊社のホームページにようこそお出で下さいました。
ありがとうございます。
株式会社デジテック代表取締役の安原と申します。

私は兵庫県姫路市に生まれ、龍野市(現たつの市)で育ちました。
地元の実業高校を卒業して某電気量販店に就職、夢と希望を胸に仕事に励んでまいりました。
東京、神戸をはじめ各地に転勤赴任も含め15年半勤務した頃、あの阪神淡路大震災を体験することになります。
惨状を目の当たりにし、自分自身が今世の中の役に立てることはないか?
一度きりの人生、もっとできることがあるはずだ。
生まれてきた意味を考え、使命を全うしたいと思う反面、母校や家族に対しての責任感もあり悶々としていました。
我々の世代は、母校の名誉のためにも就職=定年まで勤め上げる事が美徳とされていましたので、会社を退職すると言う事は勇気がいることであり、家族の将来のためにも不退転の決意が必要でした。
そして、どうせやるなら誰もやっていないことを、とようやく決心し独立したのは1995年8月の事でした。
私が当初生業としてやっていくと決めた仕事は、シャッターに絵を施すシャッターアートのデザイン及びフィルムの製作施工でした。
震災で荒れ果てた街に必要なのは活気であり、装飾の観点から復興の一助になりたかったのです。
退職金と車を売って作ったお金を無謀にも全額はたいて大型ラミネート機を購入しました。
とは言え、毎日地元姫路市を中心に商店街を営業に回るもなかなか仕事にありつけずジリ貧の日々を過ごすことになってしまいます。
生活のために夜も他の仕事をしながらなんとか食いつなぐ一方で、お客様からは「看板の仕事ならして欲しいけど」などの声を聞くようになり、それならばと看板屋さんに無理やり押しかけて、仕事を教わりながら営業して仕事を取ってくる、と言う形で修行し、一方でこれからは「デジタルの時代」と考えて当時使い方も判らないままパソコンとカッティングマシーンをリースで導入して、未知の機械と毎夜格闘していきました。
その後紆余曲折を経ながらも順調に売上を伸ばし、2000年4月に有限会社として法人成りし、その年の秋には神戸営業所も開設しました。詳しくは会社概要のページをご覧下さい。
私が独立してから現在にいたるまでの約22年、日本は慢性的に不況と言われる時代を過ごしております。そんな中我々は、我々商売人の力で古き良き時代、高度経済成長期のような活気溢れる日本にもう一度建て直すべく一生懸命頑張っております。
その為に、まずは地元の企業様、店舗経営者様の前向きな力を十二分に発揮していただけるよう、単なる広告関連業者としてではなく、共に戦い、共に躍進する志を持った素晴らしき仲間としてお手伝いさせていただければと考えています。
その志のひとつとして2009年(社)兵庫創業支援センターを設立いたしました。
これは、私自身が独立時、右も左も判らずずいぶんと遠回りをした経験を基に、これから独立される方、第2創業を志す方、現況の改善を強く求められる方達の、本業に集中して取り組んでいただくための、少しでもお役に立てる存在でありたいとの願いを形にした集団です。

成功に近道はありません。
ですが、人と人との繋がりや仕事を通じての社会への貢献は、アドバイスやキーマンの存在がある事で幸せの連鎖は大きくできます。チャンスを掴むアンテナの張り方をお伝えすることも出来ます。

来たるべき我々の次の世代のためにも、正しい商人道に精進してみんなが楽しみながら幸せに暮らせる明るい未来を作れるよう、これからも創意工夫しながら邁進していきます。

我々は、前向きで頑張っておられる方々の常に味方でありたいと思っています。
ビジネスに真剣な貴方の、どんなご相談にも応じる姿勢でいます。
どんな難関にも正面から立ち向かって、一緒に頑張って行きましょう。

2017年5月吉日  代表取締役 安原 康平

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